2014/04/09

太陽の塔よりアクアポリス

アクアポリスとは半潜水型浮遊式海洋構造物である

沖縄国際海洋博覧会で海洋博のシンボルとして日本政府が出展した

世界初の海上実験都市である。

沖縄海洋博の5年前に行われた大阪万博のほうが世間的にはインパクトがあったようだが、

大阪万博の頃はまだ物心がついていなかったので、ごく断片的な記憶しかない。

沖縄博は1975年で小学校高学年。まだ素直で理解力がある程度ある年頃であった。

これからは陸上は手狭になるので、海上や高層ビルが必要になる

などというコンセプトで未来型の海上都市が登場した。

14040901.jpg


構造の概要は(以下Wikiより引用)

アクアポリスは4本のロワーハルと呼ばれる巨大な浮き

(水中に隠れるので「潜水体」とも呼ばれる)の上に

16本の円柱型の柱(コラム)を立てて主甲板を支える構造で、

ロワーハル内のバラストタンクに海水を注入することで

喫水を5.4 mから20 mまで変化させることが可能だった。

これは台風接近時の暴風による高波から構造物を保護するため、

暴風時にはバラストタンクに海水を入れて喫水を12.5m - 15.5mにまで下げ、

海底のアンカーに固定された係留用の鎖(16本)を

アクアポリスのコラム下部に設置されたウインチで手繰り寄せ、

沖合い約200mまで移動する動きを可能にした。

(会期中の11月23日には台風20号が接近し、閉館して沖合い移動を行った)


(以上、Wikiより引用おわり)



子供心に「近未来の海上都市」という言葉が強烈に印象に残り、

将来は自分もこんなところに住むのかもしれない、

と真剣に考え、是非、海洋博の会場で実物を見たい、と思った。



「旅」という月刊誌の裏表紙に沖縄のエメラルドグリーンの海と

海洋博会場を題材にした、Fujiフイルムの宣伝があった。

フジカラーF-Ⅱというフイルムの宣伝であったが、

とにかく沖縄海洋博に行きたい!という思いは強かった。


その思いは約6年後に叶えられることになったが・・・




高校1年頃に家族で沖縄旅行に行くことになった。

もちろん、とっくに海洋博は閉幕していたが、

海洋博記念公園があり、アクアポリスも健在であった。


しかし、本部半島観光の日は週に1回の休園日であったのだ!(月曜日だったかな)

フェンス越しにアクアポリスを眺めたが、血の涙が流れるか と思ったほど悔しかった

555px-Aquapolis_1977.jpg


その後は沖縄に行くことはなく、

2000年にショッキングなニュースが発表された


011205_02.jpg


ご縁がなかったのですね、としか言いようがない。

アクアポリスは死ぬまで幻想として頭の中に残るであろう。



タイムマシンが出来たら、1975年の沖縄海洋博会場にいきたいのである。




ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

非公開コメント